義父母の介護帰省後初めての週末。慣れない家事や介護で疲労も蓄積していたが、平日だと仕事の合間でできなかったことを一気にやれるチャンスということもあり朝から大掃除を決行することにした。
義父母の家は築50年の2階建ての一軒家ではあるが庭も広くなかなか味のある佇まいで毎年帰省する度に何故か落ち着く稀有な空間であった。
ただ、義母は昔から物をなかなか捨てられない性格で部屋の奥には何が入っているかもわからなくなっているダンボールが至る所に山積みになっていた。
部屋をキレイにすれば躓いたり物をなくしたりすることもなくなるため整理を兼ねて終日かけて大掃除をすることにした。
縁側復活プロジェクト
最初に取り組んだのは庭に面する縁側の廊下に散乱しているダンボールや書類の整理と床磨き。
庭には木が生い茂り、縁側には日中日が差し込み風通しも良い。きれいになれば椅子でも置いてリラックスできる場所ができるはずである。
30代の頃から妻や子どもたちと帰省する度にどんどんダンボールや書類が積み上がり、素敵な縁側の廊下が埋まっていく消えていくのをとても残念に思っていたのでちょうどよい機会であった。
床が書類やダンボールで見えなくなっており、床もカビで黒ずんでいた。。まさに30年近く手つかずの聖域。。。
書類は勝手に捨てるわけにはいかないので義父に見てもらい必要なものを除き廃棄してもらった。
義母の歴史に胸が熱くなる
書類の中には既に期限切れになった株の配当券や株券、保険証券などが複数枚出てきたのにはおろどいたが、、時すでに遅し。
その他、30年前もの間空けられることのなかったダンボールにはいろいろなものが発見された。
特に多かったのが義母がまだ40代くらいの若い頃の写真。
民生委員となり毎日地域のいろんなイベントや会合などに参加し、時には出産後の若い母親の相談相手や独り身の老齢者の見回りやお世話、学校行事への出席など多忙な毎日であったことが写真からも想像できた。
自分のことは顧みず、地域のために困った人がいればすぐに駆けつけ、誰よりも気を遣い、人のために尽くしてきた義母の歴史が写真からも理解できた。
まだ妻と結婚する前の私の知らない頃の義母の写真も多くあったが、どれも多くの人に囲まれ、笑顔であった。
そんな義母だからこそ誰よりも恩返しをされなければいけないはず。少なくとも自分だけでも恩返しができる間にできることをやろうと改めて写真を見て思うことができた。
中には妻が出産帰省のときに撮影した赤ちゃんを抱っこした嬉しそうな義母や義父の笑顔、妻のお腹が大きいときに空港で撮影した何気ない写真など家族の思い出も多く発掘され、それを見ながら帰省のたびに義父母と子どもたちと一緒にかけた旅行の楽しい思い出や出来事を思い出しながら胸が熱くなった。
それから数日はその写真のことをネタにして昔話を義父母とすることができた。
また、古本を整理していると気になるタイトルの本が発掘された。思わずタイトルが衝撃的で目を奪われたが、それには何も触れず廃棄することにした。
人生80年も生きれいれば何かと苦労が耐えないものである。義父母の人生にもそれなりに苦労があったのかもしれない。。。
不用品の廃棄
冒頭にも触れたが義母はものが捨てられない人。だからどんどんものが家の中にたまったいった。この際、数年間使わないものは捨ててしまうことにした。
その量は相当数になりゴミ袋で10袋以上となった。
しかし、この10袋のうち、半分程度はあとで義母に見つかり、袋のまま家の中の定位置に戻すことになった。使わないなら捨てれば良いのに!と思うのだが、本人にとってはゴミではないのだそう。。
そんなハプニングもあったが、1日をかけて家の中はだいぶすっきりした。
衣類や書類が散乱して段の半分が埋まっていた階段からものを取り除き、階段もキレイになった。二階の部屋にはたまに義母が書籍を取りに行くため階段にものが置いてあるととても危険である。それらのリスクも取り除くことができた。
ビフォーアフター
前述の掃除前の写真と見比べると別の家の写真のようであるが、きれいになって義父母も嬉しかったようでとても感謝された。自分では捨てられないものも捨てられたことにあとで良かったと感じたらしい。ただ、大半は聞かずに廃棄したため心の中では苦笑いをしていた。
廊下も通れるようになり、縁側にも椅子を置いて天気の良い日は義父母の好きな本をゆっくり読みながら日向ぼっこがこれでできるようになった。